
<執筆担当>
~円満相続税理士~
税理士
分銅雅一
前章では、「空き家特例」が売却時の所得税(譲渡所得税)を劇的に減らすことができる非常に強力な制度であることをお伝えしました。
しかし、この特例を適用するには、いくつかの厳格な要件を満たす必要があります。
ここでは、その詳細と、相続登記の注意点など、税理士として実務で経験した具体例を交えながら解説していきます。
「空き家特例」の主な適用要件
この特例を使うためには、以下の要件をクリアする必要があります。
相続が原因で空き家になっていること
- 大前提として、被相続人が亡くなる直前までその家に住んでおり、相続が発生した時点で、その家に誰も住んでいない「空き家」であることが必須です。相続があった時に他に誰かが住んでいた場合、この特例は使えません。
- 被相続人が老人ホームなどに入所していた場合でも要件を満たす場合がありますが、要介護認定を受けているなど、別途条件があります。
対象となる物件の構造・建築時期
- 昭和56年5月31日以前に建築された木造一戸建てが対象です。これは建築基準法の旧耐震基準に対応しており、古い家屋の対策を促す目的があるためです。
- マンションやアパートは対象外です。たとえ築年数が古くても、マンションは「相続が原因で空き家になった」とはみなされず、複数の住人がいるため、この特例の趣旨に合わないと判断されます。
売却までの期間
相続開始日から3年を経過する日の年末までに売却を完了している必要があります。例えば、令和4年中に発生した相続であれば、令和7年の年末までに売却する必要があります。令和3年以前に発生した相続は原則として対象外です。
売却金額の上限
売却金額が1億円を超える物件は対象外です。都心の一等地など、高額な物件ではこの特例を使えない場合があります。
「耐震リフォーム」か「解体して更地」か?実務の現場では
特例の要件として、売却前後に耐震リフォームを行うか、建物を解体して更地にするかのいずれかを行う必要があります。
税金面でどちらが有利ということはありませんが、実務上は「建物を解体して更地で売却する」ケースが圧倒的に多いです。
その理由としては、耐震リフォームには多額の費用がかかること、そして購入する側(特に不動産業者)が、更地にして新しい建物を建てることを目的としている場合がほとんどだからです。
国がこの特例を設けた背景には、古い木造家屋が放置されることによる災害リスク(屋根の吹き飛ばしなど)への対策を促したいという意図があります。
相続税との関係と「取得費加算の特例」
「空き家特例」は譲渡所得税の特例であり、相続税とは異なります。 相続税に関連した譲渡所得税には他にも「相続税の取得費加算の特例」という制度があり、相続発生後3年10ヶ月以内に売却した場合に、支払った相続税の一部を取得費に加算して譲渡所得を減らすことができる特例があります。
しかし、この2つの特例は併用できません。
どちらか一方を選択することになりますが、ほとんどのケースで「空き家特例」の3,000万円控除の方が有利です。特に近年、取得費加算の特例は税制改正により使い勝手が悪くなっており、空き家特例の創設後は、皆さん空き家特例を選択されています。
税務調査と必要書類、そして「自治体の証明書」の重要性
この特例の要件は細かく、税務調査で指摘される可能性は低いものの、要件を証明するための書類はそれなりに必要となります。
例えば、被相続人が亡くなる直前まで住んでいたことを証明する電気・水道の使用料明細などが必要です。
しかし、最も重要なのは、税務署に確定申告書を提出する前に、まず自治体(市区町村)に「空き家であることの証明書」を発行してもらう必要があることです。
この自治体の証明書取得がファーストステップであり、最も手間がかかる部分なのです。この証明書さえ取得できれば、その後の税金申告は比較的スムーズに進みます。
この証明書の取得には時間がかかるため、特例の適用期限や確定申告期限のギリギリになってから準備を始めると間に合わない可能性があります。早めの準備が非常に重要です。
共有名義の場合と、死後の相続登記の落とし穴
共有名義の空き家を売却する場合もこの特例は適用可能ですが、「遺産分割協議」の進め方に注意が必要です。
遺産分割協議書で、売却を前提とした適切な記載(例えば換価分割)をしないと、贈与とみなされてしまい、特例も使えなくなる可能性があります。
さらに、実務でよくある落とし穴として、「一次相続」での相続登記の仕方があります。
例えば、お父さんが先に亡くなり、その後お母さんが亡くなったケースを想定してください。お父さんが亡くなった時点ではお母さんが住んでいたため、空き家特例は使えません。
その後お母さんが亡くなり、お子さんたちが相続する際に、お父さん名義のままだった不動産を、直接お父さんからお子さんたちに相続登記してしまうケースがあります。
しかし、これをやってしまうと、空き家特例は使えません。
なぜなら、相続日がお父さんの死亡日となり、そこから3年という期間はとっくに過ぎてしまっているためです。
また、お父さんが亡くなった時点ではお母さんが住んでいたため、そもそも空き家という要件を満たしません。
空き家特例を使うためには、例えお母さんが既に亡くなっていても、一度お母さんがその不動産を取得したという形(遺産分割協議書上での記載)を経由して、お子さんたちが最終的に取得する必要があります。
こうすることで、お母さんの死亡日が相続開始日となり、そこから3年という期限が新たにスタートし、かつその時点で空き家であるため特例の適用が可能になるのです。
ただし、二次相続時の相続人が1人(いわゆる「一人っ子」)の場合、遺産分割協議ができないため、法定相続となり、この方法は使えません。
その場合、父から直接取得した法定相続分(2分の1)には特例が使えず、母を経由した分(2分の1)しか使えないといった複雑なケースも発生します。
昨年4月からの相続登記の義務化は重要ですが、この特例の知識がない司法書士などが将来の空き家特例を考慮せずに登記を進めてしまい、結果的に特例が使えなくなるという事例が実際に発生しています。
売却価格が1億円を超えたら?適用期間が過ぎたら?
売却金額が1億円を超えてしまうと、この特例は全く使えなくなります。
高値売却を目指すのは当然ですが、ギリギリで1億円を超えてしまうと、3,000万円控除の恩恵を全て失ってしまうため、注意が必要です。
また、1億円を超えないようにするために分割譲渡をした場合にも適用は受けられません。
さらに、一度適用期間(相続開始から3年後の年末まで)を過ぎてしまうと、この特例を適用できる他の税制上の措置は原則としてありません。
マンションや昭和56年以降建築の物件の場合も同様に諦めるしかありません。要件が明確であるからこそ、事前の確認と準備が重要になります。
まとめ:早期の専門家相談と家族の話し合いがカギ
「空き家特例」は、相続したご実家の売却時に発生する多額の譲渡所得税を劇的に軽減できる、非常に有益な制度です。
しかし、その適用要件は細かく、特に相続発生後の相続登記の仕方や、自治体からの証明書取得といった実務上のハードルが存在します。
時間はどんどん過ぎていきます。相続が発生してから2年も経ってしまうと、準備期間が足りず、特例を使えなくなる可能性が高まります。
だからこそ、ご実家の相続対策は、「生前」あるいは「相続発生後のできるだけ早い時期」に、ご家族で将来的な実家の活用方法(売却するのか、誰かが住むのか、リフォームするのか、賃貸にするのかなど)について話し合っておくことが非常に重要です。
そして、その話し合いの中で売却の可能性が出てきたら、早い段階で私たち税理士のような専門家に相談いただくことを強くお勧めします。
特に、複雑な相続関係や登記の選択一つで、この重要な特例が適用できなくなるケースが後を絶ちません。私たち専門家は、相続税申告だけでなく、将来的な不動産売却を見据えた最適な遺産分割協議書の作成や、特例適用に向けたサポートも行っています。是非、お気軽にご相談ください。
知らなかった、では済まされない大きな損失を防ぐために、早期の行動が何よりも大切です。
執筆担当

税理士
分銅会計事務所
分銅 雅一
所属団体:東京税理士会、TKC全国会
資格等:税理士
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